『転がる石の上機嫌』

転がって、転がって、小さな善きものがあなたに届けられますように。

父逝く

父が癌で亡くなって2週間ちょっとが経ちました。

あまり実感が湧かないのは、たぶん父の最後の瞬間の姿を見届けてないせいかもしれません。

私が最後に見た生きている父は、腹痛で顔面蒼白になって額に脂汗をびっしりかいて救急車に運ばれてゆく姿でした。

そして次に会えたのは、その三日後。

もうその時には冷たく固まっていたのでした。

冷えてぺったりとした皮膚の感触を今でもまだ覚えています。

 

大腸癌でした。

病院に行って診てもらった時にはもうすでに遅く、肺や肝臓にまで転移していて切除できない状態でした。

先生から余命1ヶ月の宣告を受け、それを母から聞いた時、心に何か重たい物が沈んでゆくような感覚がありました。

具合は確かに良くなかったけれど、まさかそんなに早く逝ってしまうかもしれないなんて。

父は、病院で宣告を受けた25日後に亡くなりました。

 

短気で頑固で意固地なところが父娘でそっくりで、あまり反りは合わず…というか、しょっちゅう衝突してばかりでした。

気が利く孝行娘でもなかったので風当たりは結構きつく、家の中でそばを通るたびに悪態をつかれたり、ひどい態度を取られたりすることも多々で、高齢で耳が遠くなってからはさらに会話することもなくなりました。

だから、父の身の回りの世話はほとんど母がこなしてました。

後で聞いたところによると、先生は「(ひどい状態だったので)もっと早く亡くなるかと思っていた」と。

「よくお世話されましたね」の言葉に、母は本当に救われたと言ってました。

 

なんだか変なものです。

時間が経てば気持ちの整理もついて、まとまった感情が湧いてくるのかと思いきや、全然整理なんてつかないのです。

父の不在だけがそこにぽっかりとあって、悲しさや寂しさに暮れる間もなく日々は過ぎてゆき、なんとも不思議な感覚があるのです。

 

誰しも肉親を亡くす経験は必ずするし、ない方はこれからするのだけれども、こんなものなのでしょうか。それとも、うんと後になってから寂しさがこたえるようになるのでしょうか。

こればかりは、時期が来てみないとわからないのかもしれません。

 

短い期間だったけど、父が1ヶ月の宣告を受けてから亡くなるまでの間を簡単に手記にまとめたものがあるので、落ち着いていて尚且つ気持ちが変わらなければnoteにアップする予定でいます。読んでいただけたら嬉しいです。

 

人は死んだら何処にゆくのだろう。

亡くなった父の御霊(みたま)が少しでも安らかな場所に行けますように。

そう願います。R.I.P

 

まとまらないまま、今回はここまで。

 

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