とくに理由も無いのに不意に孤独を感じて泣きたくなってしまうことが、二十代の頃はよくありました。
友だちがいても恋人がいても、それは関係無く。
江國香織さんの『つめたいよるに』という短編集の中に収められた「ねぎを刻む」という作品にも、そんな孤独にふっと襲われてしまう女の子が主人公として登場します。
彼女はそんな時、泣きたいだけひとしきり泣いた後、ねぎを刻みます。
ねぎの色。ねぎの香り。
彼女はひたすらにねぎを刻むことに集中し、一心不乱に手を動かし、ねぎをどっさりと刻むと、お味噌汁や冷奴にそれをたっぷりと使います。
そうして自分だけのための食卓を整えると、気持ちのスイッチを切り替えるようにして食事をするのです。
明日からまた立派に日常に立ち向かってみせる。
そんな小さいけれど力強い決意を感じさせる描写が、たくましくもほほ笑ましい読後感を残します。
春になって新しい環境に変わり、ふっと心が疲れたり寂しくなってしまう瞬間に捉われる方も、もしかしたら多くいるのではないでしょうか。
そんな時はこの「ねぎを刻む」の主人公のように自分の手や目や身体を使ってひたすら何かに没頭する時間を持つのも有効な手立てかもしれないですね。
江國香織さんは大好きな作家の1人ですが、文庫本にしてわずか5ページのこの短編が今でもとても印象的で、突然ふっと頭をよぎったり、急に手に取って読み返したくなります。
少し古い本ですが、もし未読でこのブログをきっかけにご興味持った方がいれば、ぜひ読んでみてくださいね。
新しい生活をスタートさせて奮闘している方。
特に変化は無いけれどなんだか疲れてしまっている方。
どちらでも無い方。
人生は、なんだかんだ色々とありますね。
今年の春も残り少なになってきました。
日々を慈しみながら、どうぞ大切に過ごしていけますように。
それでは、また。