『転がる石の上機嫌』

転がって、転がって、小さな善きものがあなたに届けられますように。

【創作】パンプキン・パンケーキ

 

秋の湖畔を散歩していたら、いつかの春に同じ場所で出会ったクマに久しぶりに遭遇した。

 


クマは大きな背中を丸めてじっと湖面を見つめている。

 


「やあ、また会えたね」

 


そう声を掛けてみたけれど、クマはちらりとこちらを見るとそれどころではない風情で小さくひとつため息をついて、また湖に向き直ってしまった。

 


どうかしたのかと尋ねると、クマは哀しい表情で恋人(熊)が急に出て行ってしまったのだと言う。

 


クマ界の超絶有名アイドルグループ「BearMan ベアーマン」(安直だ)の熱心なファンだった彼の恋人(熊)は、彼らの念願のライブに出かけた翌日に

 


「あなたより幸せになれるものを見つけてしまいました」

 


という置き手紙を残して突然に去って行ってしまったのだとか。

 


「もう、身も世も無いよ」

 


クマが絶望して呟いた。

ぼくはクマの隣に座り、肩を抱いて慰めた。

 


「クマの女なんて、星の数ほどいるさ。きっともっと君にピッタリな恋人(熊)が現れるはずだから元気出せよ」

 


クマは少しだけ泣いた後、しばらく空を見つめて思い直すようにこう言った。

 


「こういう時はおいしいものを思いきり食べるに限るね」

 


慰めてくれたお礼にパンケーキをご馳走するよ、と言いながらクマはぼくの手を引き、ぼくはクマと連れ立って彼の住処へと向かうことになった。

 


クマのパンケーキはとてもおいしかった。

もうすぐハロウィンだから、と特大のカボチャのパンケーキを作ってくれた。

紅茶もとても上手に淹れてくれた。

彼は相当にグルメなクマらしかった。

 


彼の用意してくれたそれらをおいしく口にしながらぼくは、ぼくの恋人もつい昨日9人アイドルグループのライブに出かけたまま部屋に戻って来ていないことをクマには黙っていた。

少し前まで事故に遭ったのでは…と心配していたけれど、彼女はたぶん新しい恋を見つけただけなのだろう。

 


大丈夫。

ぼくの新しい恋も、きっと星の数だけ瞬いている。

 


その日は男同士、夜までクマと楽しく時間を過ごした。

 

 

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