『転がる石の上機嫌』

転がって、転がって、小さな善きものがあなたに届けられますように。

「カイロの紫のバラ」

色々なことが重なってなんだかうまくいかないなぁという時があって、そんな時はこの『カイロの紫のバラ』のことをふっ、とよく思い出します。

1930年代のアメリカ。
パッとしない人生の中で、映画だけが唯一の希望のように生きている女性、セシリアが主人公です。

レストランのウエイトレスとして働く主婦のセシリア。
お皿は割る、お客のオーダーは間違える、店長からは毎日ガミガミ叱られる、家に帰れば不況のせいにして働かない夫がいて、大酒を飲んだりお金をせびったり浮気をしたりする。散々な日々を送っています。

でも、映画があるから、元気になれる。
映画があるから、日常に戻っていける。
くたくたに疲れていても、ボロボロに泣けてきても、映画館で過ごす時間さえあれば、なんとかやり過ごすことができる。

ある日、町の映画館で『カイロの紫のバラ』という映画が封切られます。
愛と冒険に満ちた華やかでロマンチックな世界に、セシリアは夢中になってしまいます。
2度、3度と足を運んでいたある日、映画スクリーンの中から冒険家トム・バクスターが飛び出して来てこう言います。
「君を好きになってしまった」。

奇想天外で、でも最後はちょっとだけ切ないラブコメディです。
セシリア役のミア・ファローの、楚々とした、そしてスクリーンを見つめながら徐々に変化していく表情だけの演技がなんとも素晴らしい作品です。

ウディ・アレン監督の、こうした市井のパッとしない人々を時に明るく、時にユーモラスに描き出すやさしい眼差しにも、とてもほっこりとしてしまいます。

映画やドラマや小説のように、人生はうまくいかない。でもそれなりに、愛しい日常ではあるわけで。

うまく折り合いつけながら。
時にはちょっと休んだりして。

なんとか踏ん張って生きていこうよ、とこの映画はそんなことをやさしく語りかけてくれているような気がします。


映画データ
カイロの紫のバラ

公開 1985年/アメリ
 (日本公開 1986年)
監督:ウディ・アレン
出演:ミア・ファロージェフ・ダニエルズ 他