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『転がる石の上機嫌』

転がって、転がって、小さな善きものがあなたに届けられますように。

『流しのしたの骨』 そして読書についてのこと

流しのしたの骨、というタイトルの
江國香織さんの小説を、
このところまた本棚から
引っぱり出して読み返している
ところです。


表紙はくたびれて、
中のページもすっかり茶色く
変色しているけれど、
そこもまた愛おしく、
ふっと思い出しては手を伸ばし、
つい眺めてしまいます。
そしてそれはなぜか、
今ぐらいの季節のことが多いです。
晩秋から翌春にかけての季節を
描いている小説だからでしょうか。


お父さんと、お母さんと、
2人の姉と、こと子と、
小さい弟(といっても15歳)の律。
物語は6人家族の宮坂家を中心に、
三女・こと子の視点で描かれてゆきます。


何度も読んでいるので、
全てを通しで読むことは
今はしていません。
時々ふっと手を伸ばし、
ぱらぱらとページをめくり、
その時止まった手の箇所を
そっと読み、また棚に戻します。
どの箇所をひらいても、その時の
季節の色や匂いや最初に読んだ時の
読後感などが懐かしく思い出されて
甦る、とても味わい深い小説です。


中でもとくに好きなのが、
わりと冒頭で描かれる秋のシーン。
お母さんがこと子に言いつけて、
もみじと紅葉した葉っぱを
たくさん用意しに行かせるところです。


それは、秋の食卓を彩るための演出
なのですが、こと子はそれを
少し疎ましく思っています。
たぶん、内心めんどうくさいなぁと
思いながら。
でも母には何も言わず、
ちゃんと集めてくる。


もみじはさんまの塩焼きに
添えられて “ぎたり” とはりつき、
紅葉した葉っぱはオーブンで
焼いた秋野菜が乗った大皿の下に
どっさりと敷きつめられたりしています。
お母さんはそれを「秋のごちそう」と形容し、
弟の律は「野趣あふれている」と合わせ、
お父さんと、こと子は無言。
このシーンが、何とも言えず好きなのです。


なんで好きなのか、
あらためて考えたことも
なかったけれど、
たぶんそれはお母さんが
「季節」や「生活」を心から愛して
楽しんでいるから、なのだと思います。
そして、それぞれ内心に
思うところはありながら、
家族がそれにきちんと
付き合ってあげているところも
なんだかいいな、と思うのでした。


野趣あふれる秋の食卓、いいですね。
テーブルの真ん中に落ち葉をどっさり、は
さすがにハードルが高いけれど、
もみじを1枚、さんまの塩焼きに
添えるというのはぜひ一度
取り入れてみたい、というのが
この小説を読んでから、ずっと
うっすら憧れていることです。
でも、簡単そうで、なかなか
しないものだなぁとも思ってみたり。


ところで最近は本の読み方が、
以前と少し変わったなぁと思うのでした。
前はいろんな作家さんの、
いろんな作品をもっともっと…と
手当たり次第に読んだものだけれど、
今はどちらかというと、これ!と決めた
作家さんや好きな作品を
深く掘り下げて読むような、
そんな読書をするようになりました。


たぶんある程度の年齢になって、
そんなにあれこれ頭に入るほどの
容量は持ち合わせていませんよ、
ということなのかもしれないけれど、
それはそれで、
1つの作品とじっくり長く
向き合うということは、
誰かと長く落ち着いた関係を
築いていけるような、
酸いも甘いも噛み分けた、
これぞ大人の読書なのかも!と
一人悦に入っている最近です。


何度読み返しても楽しめる本が
自分の手元にあるということは、
なかなかに幸せなことですね。
読書が深まる秋も、もうすぐそこ。
あなたは何を読みますか?
そして今は、どんな本を読んでいますか?



流しのしたの骨 (新潮文庫)