『転がる石の上機嫌』

転がって、転がって、小さな善きものがあなたに届けられますように。

サヨナラ、2020年

今年もまた、1年が暮れようとしています。

たった1日日付が変わるだけで空気や瞬間までもがガラリと変わるなんて、毎年思うけどやっぱり大晦日やお正月って不思議なものですね。

 

2020年の漢字は「密」でしたが、あなたにとってこの一年はどんな年だったでしょう。

私にとって今年は、窓辺に置かれた植物のような1年でした。

人の動き、季節のうつろい、起こるニュース、そんな全てを家の窓ガラス越しにただじっと静かに見つめているような感じでした。

とくに頑張ったこともなく、何かに抗うこともなく、流れにまかされるがまま淡々と日々を過ごしてきたような気がします。

 

頑張ったこともなく、と書きましたがこのブログだけは、もちろん楽しみつつというのもありますが、頑張って毎月アップするのを目標に書きました。

1月だけ抜けてしまったのが残念ですが、ほぼほぼ達成出来たことに満足しています。

読んでくださった方、ありがとうございました。大変励みになりました。

 

来年はもう少しアグレッシブに、窓辺の植物ではなく庭先のハーブぐらいランクアップできたら良いなぁとは思っているものの、さてさてどうなるか。

あまり張り切りすぎず、気負わなさすぎず、でもちょっとだけ気力を出して、ゆるゆるやっていけたら良いなぁと考えています。

自分のことばかりに終始しているこの頃ですが、もう少し何か良いものを転がせるような記事が書けるよう心がけたいです。

 

それでは、今年1年大変お世話になりました。

2021年の皆様の健康とご多幸を、心より願って。

 

 

 

SNSの恩恵

ソーシャルネットワーキングサービス。略してSNS。登録された利用者同士が交流できるwebサイトの会員制サービスのこと。

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私がSNSというものを始めたのはもう10年以上前で、mixi(ミクシィ)というSNSが最初でした。

 

初めは独り言のような拙い日記を公開するだけでしたが、それを読んでコメントを付けてもらえたり、プロフィール文を読んで趣味が近い方々とメッセージのやり取りをしたりするのがとても嬉しく、また楽しいものでした。

 

そこから更に交流が深まって実際に会ったり、文通をしたり、ちょっとしたプレゼントを贈ったりしたこともありました。頻繁に、ではなくごくたまにですが。

もうmixiは退会してしまったけれど、それからなんとなくの流れでTwitter,Facebook,instagram,note,などなどに手をつけ始め、現在に至ります。

 

SNSを始めたことによって私の中の世界は扉がガラリと開かれ、大きく変わりました。

SNSをしていなければ出会えなかったはずの方々と出会い、出会えたことでそこからさらに世界は広がり、それまで知らなかった音楽を知り、映画を知り、街や店を知り、見えなかった風景を見ることができました。自分の作ったささやかな制作物を購入していただいたこともありました。

事件やトラブルの要因になるとして、SNSを警戒したり蔑視するような報道をたまに見るけれど、私にとっては多くの恩恵をもたらしてくれた善きもので、今も大切なツールとなっています。

 

とはいえたまにネット疲れしてしまう時もあり、そういう時は「もういっそ全部やめてしまおうか」と思うこともあるのですが、しばらくしてほとぼりが冷めるとやっぱりいつものようにスマホを握りしめては画面を開き、タイムラインを追っていたりするのでした。

(もしかしてこれはただのネット依存症なのかしら…)。

 

たぶんSNSは今の私を形作っている30〜40%は占めていて、それを思うとありがたいなぁというのと同時にこれからもSNSで繋がったご縁は大事にしていかねばならないなぁとあらためて思います。

出会いかたが違うだけで、リアルもネットも一緒ですね。

そこには人がいて、想いがあって。

そういうものを忘れずに、大切に、これからも付き合ってゆきたいです。

 

SNS、あなたにとってはどんな存在でしょうか。願わくばどうか「善きもの」でありますように。

どうぞ上手く付き合って、充実した生活時間を築いてゆくことが出来ますように。自戒も込めて。

 

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ハロウィンの夜

カボチャのランタンを窓辺に飾り終わると、もう結構な時間になっていたので、夕飯はあらかじめ用意していたライスと作りおきのシチューだけで済ますことにした。

1人の食卓になってもうすぐ1年になろうとしている。が、気楽さには慣れたものの寂しさには相変わらずまだ慣れないままでいる。

 

せめて、とマチルダは思った。

せめて家の中に猫か犬でもいてくれれば違っていたかもしれないのに、と。

 

1人息子のジョシーが独立し結婚して家を出てからというものこの5年、夫のトーマスと2人で静かに暮らしてきた。

ささやかながらも幸せで、穏やかな時間に満ちた夫との生活。それがこんなにもあっけなく終わってしまうなんて思いもしなかった。

 

今も折にふれ涙が滲んでしまうけれど、毎日泣き暮らしていた一時期に比べればだいぶましになった。

あの頃は心配したジョシーが毎晩電話をかけてくれたし、近所に住む友人のエイミーも頻繁に様子を見に来てくれていた。

そして何より、時間が解決してくれた。

思い出は決して無くならないけれど、悲しみはきちんと少しずつ癒えるものなのだということをマチルダは身をもって実感した。

 

それでも。

窓の外の薄闇に視線を移しながら彼女は思う。

空には丸い月がぽっかりと浮かび優しい光を投げかけている。

それでも寂しいわ、トーマス。

こんなハロウィンの夜に、一緒に素敵な満月を見ることももう出来ないなんて。

いっそのこと、亡霊でもいいからここに現れてくれればいいのに。

 

と、その時ー。

コン、コンコン。

ノックの音が聞こえてマチルダは小さく飛びのいた。

ドキドキしながら、そしてこわごわと「どちらさま?」と聞き、ゆっくりとドアを押し開けると。

 

「お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!」

サングラスにブラックスーツでキメたリトルギャングがそこに立っていた。

「まぁ、ポール!」

孫のポールだった。

オモチャの銃をカチカチいわせながらこちらに向けて遊んでいる。

めったに会えない可愛い孫が、今、目の前に立っている。

後ろにはジョシー夫婦も立っていて、私たちの様子をにこやかに眺めていた。

「ハロウィンだからね。遊びに来たよ」

 

息子一家の突然の来訪に驚きつつ、マチルダは彼らとの久々の再会を喜んだ。

ドアを大きく開けて彼らを招き入れながら

「大したものはないけれど、お昼に焼いたパイがあるわ。さあ、入って」と言った。

 

トーマスは来てくれなかったけれど、その代わりジョシーたちを連れて来てくれたのかもしれない。私が寂しくないように。

少し大きくなったポールの頭に優しく手を置きながらマチルダはそんなことを考えた。

 

窓辺に置いたカボチャのランタンの灯が一瞬大きく燃え、また元に戻り部屋を暖かく照らした。

 

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自分だけの毛布

蝉の声がいつの間にやら涼しい虫の音に変わり、毎年恒例の栗ご飯を今年も無事にいただいて、いよいよ秋がやって来ました。

そちらはお変わりありませんか?

風に乗ってかすかに金木犀の香りも漂うようになりました。

こちらは相変わらずです。

飲んでいる薬の副作用のせいか寝ていることが多いですが、夕方のウォーキングや毎晩のヨガなど少しずつ出来ることも増えてきたように感じています。

 

ところで先日SNSを覗いていたら、こんな言葉に出会いました。

〝あなたは生きてるだけでエライ”

今日やらなくてはならなかったことが何一つ出来なかったとしても落ち込まないで。だってあなたは生きているのだから。それだけで価値のあることなのだから。

…と、そんな意味合いのことがそこには綴られていました。

そして、その文章を読んだ時、背中からそっと誰かに毛布を掛けてもらえたような、とても温かな気持ちになることができました。

 

実際、家庭や会社にいて何もせずにいたら、家族には責められるだろうし、会社の上司や同僚からは怒られるでしょう。

思うように動けなかった理由を上手く説明出来なくて周囲に理解してもらえず、自己嫌悪に陥ってしまうことだってあります。

 

でも、そういう時、自分自身を見離さず「生きているだけで偉いね、よしよし」もしくは「生きているだけマシじゃないか自分!よくやってる」という言葉をかけて、毛布のように自分を優しく包み込んであげられたなら、ちょっとだけ心に救いができると思うのです。

 

なかなか難しいけれど、自分だけは自分の毛布でいてあげられますように。

自分自身に言い聞かせつつ、これを読んだ誰かの胸に幾らかでも響くことを願って、今回はここまで。

大丈夫。私も、あなたも、生きているだけでエライのです(って、あまり何度も主張しているとへんな宗教に思われちゃうかしら…)。

 

気温がぐっと下がってきたのでコロナも含めお身体どうぞご自愛してお過ごしくださいね。

それでは、また。

 

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虫とアヒンサー

ヨガにはポーズや呼吸や瞑想を含む「八支則」という8つのステップがあり、それらを段階的に学んでいくことで些細なことでは波立たない穏やかな心と身体を手に入れることが出来るとされていますが、その八支則の最初のステップであるヤマ(禁戒)の第一に掲げられているのがアヒンサー(非暴力)です。

 

ちなみに、殺したり暴力をふるうのはもちろん他者を悪く思う思考の暴力や苦痛を与えることもまたアヒンサーとされています。

 

さて、ところで。

夏になって虫の季節が到来しました。

蚊、蛾、クモ、ハエ、ゴキブリ、ムカデ、ナメクジ、etc. …。

様々な虫と家の中で遭遇する機会が増えて、悲鳴を上げながらそれら虫たちと格闘する機会も増えました。

虫が得意な人なんてそうそういないと思うけど私はとくに虫嫌い&虫苦手人間。

アヒンサーの教えが頭の片隅を一瞬よぎる時はあるものの、そんなことを言っていたら我が家は虫の巣窟になってしまうよ!

…というわけで心を鬼にして、というかほぼ頭で考えるより手が瞬時に動き、それらの虫を叩いたり潰したり殺虫剤を使って退治するわけなのですが、やっぱりなんとなく後味が悪いというか、ごめんね、という気持ちになってしまうのです。

先日、室内でゴキブリを見かけて撲殺ののち水葬(シャワーで排水溝に流した)した時もそうで、ほっとしたのと同時に、悪く思わないでおくれ…と心の中で声を掛けながらその末路を見届けたのでした。

 

そんな私がいつかさらりと虫たちを自然に放つアヒンサーの境地にたどり着くことはできるのだろうか。

いや多分ずっと無理…と思いながら、今は虫たちの亡骸を処理しながら心の中で合掌出来るようになっただけでも大きな進歩と思うようにしているのでした。

 

小さな命も私たちと等分であることを忘れないようにこれからは過ごしていきたいものですね。家で見つけた害虫は、やっぱり退治しちゃうけど。

 

 

 

 

 

 

香水

YouTubeをきっかけに、瑛人の「香水」という曲を最近になって初めて知りました。

有名・無名問わずいろいろな方がカヴァーしているので新しい曲かと思って調べたら、昨年の4月にリリースされた曲なのですね。

 

付き合っていた頃に戻りたいと思っているわけではないけれど君がつけている香水の匂いを嗅ぐとあの頃を懐かしく思い出すんだ、というようなちょっと切ない歌詞の曲です。

 

香りに刻み込められた記憶、というものがありますね。

その香りを吸い入れただけでまざまざと甦ってくる記憶、たとえばその香水を使っていた時にどんな人を好きだったとか、誰と仲が良かったかとか、どんな時間を過ごしていたかとか、その時に見ていた風景までありありと思い出せてしまうから、嗅覚って不思議です。

 

ちなみに私の愛読書・暮らしの手帖社の『すてきなあなたに』7月の章「香水入門」のコラムによると、香水にも種類があって、香水→オードトワレ→オーデコロンの順で濃度は淡くなってゆき、香水初心者にはまずオードトワレがおすすめなのだとか。

付ける場所も手首とか耳の裏とか下着など諸説ありますが特にこれといった正解はなくて自分の好きな場所に適宜付ければOKのようです。

 

ところで、最近はすっかり無臭派な私ですが過去には香水を付けていたこともありまして、改めて数えてみたら自分で購入したり母から譲り受けたのを合わせると全部で7つありました。

少しご紹介すると軽やかな甘さで名前も縁起の良いクリニークの「ハッピー」や、ちょっと背伸びして買ったゲランの「アクアアレゴリア(柑橘とハーブの組み合わせが爽やかなマンダリンバジリック)」や、変わったところではピーチの香りが可愛らしいベッド用フレグランス「リビドー」なんていうものもあります。

それぞれに付けていた頃の思い出があって、懐かしみながら瓶を眺めてまた仕舞い直しました。

 

あなたは好きな香水がありますか?

あるとしたらそれはどんな香りでしょう。

瑛人の曲のように特定の香りで誰かをふっと思い出してしまうのは、ちょっと切ないけれどある意味幸せな過去を持っている証拠なのかもしれませんね。

 

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カサブランカ【映画】

「今月いっぱいで閉店します」

家の近所にある小さな町の中ぐらいの本屋でそんな張り紙を見かけ、足繁く通うほどではなかったけれど気に入っていたその本屋に何か貢献したくて、本と一緒に売られていた¥300ほどのDVDを1枚買って帰ったのはもう何年前のことでしょうか。

それが、名前だけは知っていたクラシック映画の名作「カサブランカ」との出会いでした。

 

さらに月日は数年も経過して、その映画をやっとちゃんと観れたのはつい先日のこと。

 

あらすじをざっと説明すると、時は第二次世界大戦中、舞台はモロッコの都市カサブランカ

かつてパリで恋人同士だったリック(ハンフリー・ボガート)とイルザ(イングリット・バーグマン)は皮肉な形で運命の再会を果たし…というもの。

リックは賭博場の経営者となり、イルザは抵抗運動の活動者の妻という立場での再会。

甘苦い恋の思い出が名曲「As time goes by(時の過ぎ行くままに)」に乗って二人の胸に去来してゆきます。

 

クールで渋味のある表情のハンフリー・ボガートと上品で知的な美貌を持つイングリッド・バーグマンの組み合わせが、ほろ苦い大人の恋愛の世界観をより一層引き立て、観る者の胸を切なく締めつけます。

とくに思い出の曲に耳を澄ませて瞳を潤ませるイングリット・バーグマンの美しさといったら、もう。こちらまで、ウルウルしそうなほど素敵でした。

 

そしてこの作品は、武力による政治の統制に反発する強いメッセージが込められていたり、また男同士のさらりとした、けれど厚い友情も描かれていて、そこが単なる恋愛映画とは一線を画す心熱くなる映画になっています。

今ごろやっと観た私が言うのもなんですが、未見の方にはぜひ一度観ていただきたい映画です。オススメですよ。

 

そして、この映画と出会うきっかけを作ってくれた今は無き地元書店「with」にも今さらながらありがとうを伝えたいです。

 

【映画データ】

1942年アメリ

監督:マイケル・カーティス

出演:ハンフリー・ボガートイングリッド・バーグマン、ポール・ヘンリードほか

 

 

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